一倉 宏 様 【コピーライター、クリエイティブディレクター】

2010.07.07

プロフィール
一倉 宏(いちくら ひろし)
コピーライター クリエイティブディレクター
1978年、筑波大学第一学群人文学類卒業(第一期生)。
同年サントリー株式会社に入社。宣伝部にコピーライターとして勤務。
1987年 仲畑広告制作所に移籍。当時の代表作として、「哲学するサル」と話題になったCM(カンヌ銀賞)「音が進化した、人はどうですか?(ソニーウォークマン:1988年)」など。
1990年、独立し赤坂に一倉広告制作所を設立。代表作としては、「うまいんだな、これがっ。(サントリーモルツ:1993年)」「きれいなおねえさんは、好きですか。(ナショナルエステ商品:1998年)」「AQUOS COME TRUE.(シャープアクオス:2009年)」など。
また作詞家としては、斉藤和義「ウエディング・ソング(リクルートゼクシィCM曲)」、同「おつかれさまの国(アリナミンCM曲)」、BEGIN「声のおまもりください(アステル東京CM曲)」、クリスタル・ケイ(デビュー曲)「Eternal Memories」などを手がける。
企業CI、ブランディングにかかわる仕事としては、「あなたと、コンビに。(ファミリーマート)」などがある。
著書に、『ななえがトイレでないたこと』(絵本・TOTO出版)、『人生を3つの単語で表わすとしたら』(講談社)、『ことばになりたい』(毎日新聞社)など。

一倉広告制作所HP  http://1-kura.com/

  新構想大学、筑波大学、開学。まずは代々木(旧オリンピック選手村)での合宿。
 授業がスタートしたのは、確か5月に入ってから。体芸棟以外は建設中の校舎群。
 雨が降ればゴム長靴は必需品。(ほとんどは未成年だから、もし仮に…)お酒を飲む
 としたら平砂宿舎の部屋で、あるいは夜な夜なやってくる改造バスの移動居酒屋。
 バイトは近隣の農家をまわって家庭教師のくちを探し当てました。風呂代を浮かす
 ために、その(豊里の)農家で入れてもらうのは「五右衛門風呂」でした。
 やがて2群、芸専ができ、後輩たちが入ってきて、うれしかった。
 テニスと麻雀。安いウイスキーを飲みながら、ロックや文学の談義。
 同人誌「筑波文学」をつくり、学園祭では森田童子を呼んでミニライブを。
 (比文ができる前のため)人文で日本文学専攻でしたが、後に万葉集の全注釈(史
 上何人もいない業績)を完成させた伊藤博先生をはじめ、なんて熱く、素敵な先生
 方に出会えたのだろうと、いまでもその幸運に感謝しています。
 卒論のテーマは初期万葉集で、おもに「言霊」をめぐる論考でした。稚拙なレベル
 のものだったと思いますが、言霊は国学者、国史家によって神秘化、思想化された
 記号となったけれど、本来はもっと生活的、詩的な体験をいったもののはずだと論
 証しようというもの。そんな「ことばへの想い」は、現在までつづいているような
 気がします。授業も研究も好きでした。でも、仲間のとの遊びも放埒もいっぱいや
 りました。よく麻雀して、よく飲んで語って、朝を迎えました。
 なぜか、第1期の卒業生代表になったわけですが、最後に「ここに生まれた文化と
 民主主義は、まだまだ未熟です」と言い残したことを憶えています。ほんとうに、
 まだ生まれて4才の、筑波大学だったのですからね。

 卒業して何年も経ってから、あるいはいまでも、筑波の夢をみます。
 体育の出席回数が足りない!とか、そんな夢ばっかりですけど。(笑)
 初期の卒業生だけでなく、もっともっと後輩たちも、きっとそうなのではないか
 なと思います。筑波って、そういう「濃密な」体験なんです。そこは、都会生活
 の中に拡散された東京などの学生生活とは違います。いい意味でも、わるい意味
 でも。振り返って、きっとその体験の重さを感じます。もし、筑波の社会の中で
 疎外されたり挫折したりしたら、それは辛いに違いない。仲間たちで、そこは敏
 感にデリケートに感じ取ってほしいと思います。逆に、そういう親密な交友関係
 が結べるところが、筑波生の一生の財産になったりするわけですし。濃密さの中
 にも、絶対におおらかさと自由は大切にしてほしいですね。
 そんなこの大学のためのコピーをちょっとつくってみました。

  泣きたい夜、
  こんな近くに友だちのいる大学は、ほかにない。

         IMAGINE THE FUTURE. 筑波大学

 大丈夫。私の仲間の、いつもぎりぎり滑り込み、落ちこぼれ的友人だって、いま
 は立派な校長先生になったりしてますから。
 大学時代の体験が現在の仕事やネットワークに直接反映されている、ということ
 はあまりいえません。仕事の種類にもよるでしょうか。個人的な交友関係ではな
 い、卒業後のネットワークというのは実際のところ弱い部分だと思う。そこをき
 ちんと再構築しようというのは、今回のブランディングの大きな狙いのひとつで
 もあるでしょう。実利的なことばかりでなく、ぜひ、OBOGも、在学生も楽し
 んで参加できるようなかたちをつくりたいですよね。

 シンポジウムでの講演をきっかけに「大学のブランディング」について相談を受
 けました。仕事としている分野でもありますので、それではと基本コンセプトや
 スローガン、基金のネーミング、そしてメッセージソングを提案しました。まだ
 まだこれは第一歩、ようやく船出した段階です。大学のブランディングについて
 は以下のコラムで採り上げましたので、こちらをお読みください。

  
  毎日新聞社広告局発行「SPACE」2010.6. 巻頭コラム

 
 芸術・講師の原忠信さんのほか、広告、マーケティング、音楽関係に従事してい
 るOBOGに声をかけて動きはじめています。筑音協やAKUAKUの立ち上げメ
 ンバーだった吉川洋一郎くん(NHK番組音楽などで活躍)が、作曲と制作を
 担当してくれたり。新井良平くん(97年自然卒)がネットワークの構築に向
 けて動いてくれたり。広告クリエイティブ界で活躍中のコピーライターやデザ
 イナーたちが集まってくれたり。私たちはみんな、ボランティアです。筑波の
 OBOGは、母校への思いが一味違いますね。頼もしいです。

  
  TSUKUBA BRANDING CREWS/BLOG

 もちろん、大切なのは大学自身の動きです。私たちはその応援団です。
 学生たち、教職員のみなさんとの共有、関心と行動も必要不可欠です。まさに
 現在形はみなさんですから。未来形もそこから生まれるのですから。
 私たちはこれから筑波にも行って、何を共有し、何をどんなかたちで発信して
 いくか、とことん語り合いたいと考えています。とりあえず、7月上旬に山田
 学長にも出席いただいてシンポジウムをもつことになりました。シンポジウム
 というより、もっと距離の近い膝詰め談議にしたいと思います。
 その先には、なるべく具体的な発信、社会へのコミュニケーションになるよう
 なものを学生や関係者とつくりあげるワークショップを想定しています。
 さらに、私たちの夢があります。すべてのOBOGが一挙に、家族連れでも参
 加できる、里帰り、学園帰りの一日。クラスメイトやサークルの歴代先輩後輩、
 在校生とも交流できるビッグイベント。卒業以来の再訪、はじめてTXに乗る
 というひとも多いでしょう。あの「ウッドストック」のみたいな大きな集まり。
 仮称、TSUKUBASTOCK。この話をすると、いろんなOBOGが瞳をきらりと
 させるのですよ、ほんとうに。実現したいですねえ。

 「大学のブランディング」は、もはや世の趨勢です。
 私立大学にとどまりません。東京大学、横浜国立大学あたりは、筑波よりずっ
 と先行しています。ユニバーシティ・アイデンティティ。それは自己確認と社
 会への発信です。先日の朝日新聞茨城版では、このプロジェクトを採り上げて
 「脱・地味な筑波大」という見出しを掲げました。どう思います?(笑)
 たとえば他大学にいる友人の話では、筑波の海外での評価は非常に高い。特に
 中国など東アジアの教育界ではとても評価されていると聞きました。ほんとう
 にいいところ、誇るべきものがたくさんあるはずです。
 国立大学も競争時代に入りました。私の実家はあまり裕福ではありませんでし
 たし、その意味でも環境の整った筑波大学はたいへん助かりました。留学生た
 ちにも暖かい大学であってほしい。いろんな意味で、これからOBOGや関係
 者の支援が重要になってくると思います。かつて私たちを乗せたその「船」の
 前途を見守りたい。手助けをしたい。そんな気持ちをこめて「FUTURESHIP」
 と、この大学基金もネーミングしました。若者たち、よき航海を、未来へ。
 いままでは、卒業すれば大学と私たちのつながりはほとんどなかった。大学と
 しても私たちのことを忘れず、その「絆」を再構築して、活用していってほし
 いと切に思っています。そのうえで、あらためてここに、すべてのOBOGや
 関係者のみなさんからのご支援、ご協力を呼びかけたいと思います。

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