登 大遊 様【ソフトイーサ株式会社代表取締役、CYBERDYNE株式会社顧問】

2014.04.28

プロフィール
名前:登 大遊(のぼり だいゆう)
株式会社ソフトイーサ代表取締役、CYBERDYNE株式会社顧問
1984年11月 兵庫県尼崎市出身
2003年 3月 私立高槻高等学校卒業
2003年 4月 筑波大学第三学群情報学類入学
2004年 4月 ソフトイーサ株式会社設立 代表取締役社長就任
2007年 3月 筑波大学第三学群情報学類卒業
2007年 4月 筑波大学大学院システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻博士前期課程入学
2008年 8月 CYBERDYNE株式会社情報通信担当顧問就任
2013年 3月 筑波大学大学院システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻博士前期課程修了
2013年 4月 筑波大学大学院システム情報工学研究科コンピュータサイエンス専攻博士後期課程進学

1. 筑波大学への入学
私は 2003 年に筑波大学第三学群情報学類 (現: 情報学群情報科学類) に入学いたしました。これは実は「AC (エーシー: アドミッション・センター) 入試」という変わった入試に合格したことによるものです。高校 1 年生の2000 年秋頃に、高校の放送部というクラブの部室で、放課後、皆で毎日のように「Age of Empires」というマイクロソフト製の有名なネットワーク通信ソフトウェアの研究をしていたところ、当時 1浪していた卒業生の先輩が偶然やってきて、「最近なんと国立大学に "裏口入試" で合格したぞ。」という話をし始めたのです。驚いて「国立大学に裏口入試があるのですか?」と尋ねたところ、「筑波大学には AC 入試という裏口のような自己推薦入試があり、高校の頃にやったヘンなことを書類に書いて出したら合格した。センター試験や二次試験などを受ける必要はなかった。」とのことでした。これがきっかけで筑波大学に若干興味を持ちました。

翌年、AC 入試で入学した当該先輩が再度高校にやってきましたので、筑波大学はどのような感じであるかと尋ねたところ、「行ってみたら、筑波大学は大変過酷な場所だ。東京から遠く、交通の便が極めて悪く、周囲は田舎で何もない。先日は、大学の中で道に迷って泣いている歩行者を見たところだ。入学を考えているのであれば、やめたほうが良い。」とのことでしたので、益々筑波大学に入学したいと思うようになりました。

そこで、2002 年の 3 月頃に試しに筑波大学のアドミッション・センターに「AC 入試を受けるかどうか迷っていますが、筑波大学は大変過酷な場所だと聞きましたので、見学をさせていただきたいと思います。」という旨の問い合わせをさせていただきましたところ、「筑波大学には門扉も塀もありませんので見学は自由にしていただいて構いません。ただし、実は 4 月になればアドミッション・センターは大変暇になりますから、是非センターにお越しください。」というようなおかしな返答をいただきました。そこで 2002 年 4 月 1 日に初めて高速バス (当時は唯一の交通手段。東京駅八重洲口から出ていた) を用いてつくばセンターまで来ました。事前に筑波大学の Web サイトから印刷しておいた地図によると、つくばセンターから筑波大学の本部棟までの道は大変近いようなイメージで描かれていましたが、徒歩だと 1 時間くらいかかることが分かり、諦めてホテルの送迎車をお願いして、本部棟まで辿り着きました。

本部棟に入りますと、1F に警備員がいます。1F のロビーにあるイスに座って待っていたところ、この警備員が突然近付いてきました。何か怒られるのかと思いましたが、そうではなく、「飴ちゃん、あげる。」といって飴をもらいました。時間になったので上層階のアドミッション・センターへ行きますと、確かに事前のお話どおり、4 月のアドミッション・センターは本当に暇なようで、当時のセンター長とセンター教員の白川友紀先生が AC 入試の仕組みについて詳しく教えてくださいました。さらに、白川先生から「今日一日時間があるから学内のヘンな場所を見学させてあげよう。」と仰っていただき、そのまま徒歩で学術情報メディアセンターや計算科学センターまで行き、1F のサーバー室などを詳しく見学させていただきました。また、当時、私は「筑波研究学園都市のなぞ」(http://www.isobesatoshi.com/old/tsukuba/main.html) という Web サイトを毎日のように読んでおり、このサイトに記載されている内容はすべて本当であると信じていました。そこで、このサイトに記載されている、「筑波大学の共同溝 (地下道) につながっている教授専用の秘密のエレベータ」を是非見せてほしいとしつこく白川先生にお願いしましたところ、第二学群 C 棟にそのようなエレベータがあるかもしれないので探しに行こうという話になりました。C 棟へ行き二人で探索したところ、なんと、確かにドアにボタンが 1 個もないエレベータが見つかりました。これは例の教授専用の秘密のエレベータに相違ないという結論になりましたが、白川先生も開ける方法をご存じでないようでした。このエレベータおよびその下につながっていると思われる共同溝について大変興味が湧きましたので、ぜひ筑波大学に入学して調査をしたいと本気で考えるようになりました。

また、情報学類には OS (オペレーティング・システム) に詳しい教授がいるから会いに行くと良いということでしたので、加藤先生という OS の専門家の研究室を訪問させていただきました。そこで先生と OS の話について盛り上がり、また、研究室にいた人が何でも質問してくださいと言うので、「筑波大学に入学すれば、グローバル IP アドレスは何個もらえますか?」と尋ねたところ、「たくさんもらえます。」という回答がありました。そこで、益々筑波大学に入学したいと思うようになりました。

その年に高校 3 年になったので、過去にやってきたヘンなことを文書にまとめて提出し、面接を受けたところ、AC 入試に合格することができ、2003 年 4 月に入学しました。

 

(写真:筑波大学見学の際に発見した第二学群のボタンが一つも無いエレベータ)

 

2. 筑波大学入学後
筑波大学に入学したからには、当然、第一目的を果たさなければなりません。そこで、まずは大学の地下共同溝を探検しようと思いました。そこで施設部に突然電話をかけ、共同溝に入りたいとお願いしますと、「どうぞどうぞ。」と言われてヘルメットまで貸与していただき、付き添いの案内まで付いて共同溝を深く見学させていただきました。そこで、施設部の職員に「この地下道は、やはり、学生闘争が発生した際に教授が逃げるための秘密の通路ですか?」、「教授専用の秘密のエレベータはどのようにして利用するのですか?」などと質問しましたが、一様に否定されましたので、施設部は大変口が堅いのだなと思いました。

筑波大学に入学すればグローバル IP アドレスがたくさんもらえると聞いていたので、情報学類の先生と交渉をしましたところ、2004 年の初めになってようやく 2、3 個程度の割当てを受けることができました。これでは不足することは明らかであり、しかも、これらの IP アドレスは「全学ファイアウォール」という大変厳しい TCP ポート制限が設定されているファイアウォールの内側にありましたので、ヘンな実験を行うには不向きでした。そこで、ひとまず割当ていただいた 2、3 個の IP アドレスのうち 1 個を使用してビデオカメラ映像のストリーミング中継実験を行うことにしました。当時、大学から最も近い大型ホームセンターであった「ジョイフル本田」(車でも 40 分くらいかかる) まで行き、ハムスターを 1 匹購入してきて第三学群の某所に設置し、そのハムスターをデジタルビデオカメラで撮影して MPEG-4 でエンコードし、インターネットに向けてライブ配信をしました。先生や事務の人が近付いたときは、ハムスターのカゴに布をかけるなどして誤魔化していました。そのうちバレましたが、特に何ということはないという感じでした。しばらくすると、「2 ちゃんねる」などでこのハムスター中継が大変話題になり、同時に 500 人くらいのユーザーが視聴する状態になりました。1 人の視聴者あたり 1Mbps のネットワーク帯域を消費しますので、500 人ですと合計消費帯域は 500Mbps になります。当時、筑波大学の学内 LAN と学外とを結ぶ学内ファイアウォールの性能は最大 800Mbps 程度でした。そして、その大半がハムスター中継に費やされる結果になり、全学ファイアウォールが極めて不安定になってしまい、時々ダウンするようになってしまいました。そうすると、全学のユーザーはインターネットにアクセスできず、また学外のユーザーは筑波大学の Web サーバーにアクセスできなくなります。この多大な影響を回避するため、私のいくつかの研究用サーバーを全学ファイアウォールの外側に設置させていただくことになりました。そうすると自動的にグローバル IP アドレスも多数もらえましたので、ハムスター中継以外に、色々な実験をすることができるようになりました。これにより、当時研究開発していた SoftEther VPN というソフトウェアの実験サーバーを大学内に設置して負荷試験を行ったり、インターネットに対して公開 VPN サーバーを提供したりするような研究が大変捗る結果になりました。

(写真:第三学群で飼育しインターネット中継していたハムスター)

 

3. SoftEther VPN の開発
筑波大学に入学した直後の 2003 年 7 月から、個人として SoftEther VPN の開発を開始しました。SoftEther VPN の開発のきっかけは 3 点ほどあります。

1 つ目は、学内の無線 LAN システムのファイアウォールの回避です。当時の無線 LAN システムはプロキシサーバーを使用しており、HTTP というプロトコルしか通信を行うことができませんでした。無線 LAN システムは、当時、多くの教室に導入されていました。当時は 3G 携帯電話はまだ普及しておらず、また、パケット通信は従量制しかありませんでしたので、教室でインターネットを行うには無線 LAN システムを使用するしかありませんでした。学生はノートパソコンを教室に持ち込んで無線 LAN システム経由でインターネットにアクセスすることができましたが、Web サイトを閲覧することはできるものの、たとえば RDP (Remote Desktop) や FTP、P2P ソフトウェアなどを用いた通信を行うことができませんでした。そこで、HTTP に見せかけて任意の通信を行うことができる VPN ソフトウェアを開発すれば、任意のプロトコルを授業中に喋ることができて大変便利だと思いました。(なお、試作した SoftEther VPN の最初のバージョンにはバグがあり、VPN 接続をする度にプロキシサーバーとの間で何百本もコネクションを確立するという現象が発生していました。このバージョンは便利だということで何人もの情報学類生が密かに使っていましたが、このバグが原因でプロキシサーバーがダウンしてしまいました。)

2 つ目は、学内の成績管理システム (TWINS) のセキュリティに関する研究です。当時、ちょうど解析学という情報学類の大変難しい数学の授業の単位を落としかけていたところでした。解析学の授業の単位を落としていた者は私だけではなく、AC 入試で合格した他の多くの学生も同様でした。解析学の単位が取れず卒業できなかった人の話も聞かされました。さて、筑波大学では、学生は成績の結果を TWINS の画面上で確認して、初めて単位が来たかどうかを知ることになります。その単位の画面上に「D」と表示されていれば、不合格であるということになります。当然、私たちは情報学類の学生ですので、この「D」というデータをどのようにして「C」に書き換えることができるだろうかということをあれこれ議論していました。そして当時の TWINS について詳しく調べたところ、事務室にある学務職員用の PC で動作する Visual Basic 6.0 のプログラムから TWINS のデータベースに直接アクセスすることができるようになっていることが分かりました。そして、どうやらこれは学内 LAN 上に IPsec VPN を構築し、その暗号化トンネル上でオラクルと呼ばれるサーバーに SQL コマンドを投げて処理をしているのではないかということが分かりました。そこでこの VPN 上のオーバーレイ・ネットワークに IP レベルで何とか入り込む方法を発見しましたので、TWINS 担当の副学長のところに「これから TWINS に不正侵入をしてもよろしいですか?」と事前に許可をもらいに行きましたところ、「業者さんに調べてもらったら、君は TWINS にいろいろヘンなアクセスをしている。全部ログに残っとるぞ。」と言われ、もう TWINS を触ることはやめるように説諭されました。そこで TWINS の研究は中断しましたが、TWINS を触っている途中に見つけた VPN について大変関心を持ちました。

3 つ目は、IPA (独立行政法人 情報処理推進機構) の未踏ソフトウェア創造事業という経済産業省の予算で運営されている個人を対象とした研究プロジェクト (300 万円の予算が付く) への応募です。筑波大学に入学直後、未踏ソフトウェア創造事業に応募することを教授から奨められましたが、題材として何が良いか考えていたところ、上記の 1 つ目と 2 つ目のきっかけが生じ、未踏ソフトウェアに応募して VPN ソフトウェアを開発するのが良いと思いました。そこで応募をしましたところ、採択をいただきましたので 2003 年度のプロジェクトとして SoftEther VPN を開発し、2003 年 12 月 17 日に公開しました。

(写真:筑波大学成績処理システム TWINS の画面 (2002 年バージョン・現在は廃止))

 

4. ソフトイーサ株式会社の設立と筑波大学の活用
SoftEther VPN を公開したところ、大変な人気が出まして、日本国内で 10 万人程度が使用するようになりました。そこで SoftEther VPN の商用版を販売する会社を作ろうという話になり、情報学類や工学システム学類、大学院の博士課程の学生など数名集まって 2004 年 4 月 1 日に会社を登記しました。

会社の本社は一応学外のマンションの部屋にあることになっていましたが、実際には大学の情報学類ラウンジや WORD 編集室の一角に集まって作業をしていました。資本金は 100 万円で、そのうち 40 万円は登記費用などですぐに無くなったため、60 万円くらいしかお金がありませんでした。筑波大学の研究室と VPN 技術に関する共同研究契約を 1 件締結すると 20 万円かかり、残りは 40 万円くらいになりました。初めて給料を出そうということになり、残った 40 万円を分配する方法を考えましたが、中学校の頃に直角三角形の辺の比として 5:12:13 というものがあると習ったことを思い出し、5 万円、12 万円、13 万円で分割しました (私は社長ですので 13 万円をもらいました)。これでもう残りは 10 万円しかありませんでしたので、当時提携していた三菱マテリアルという大企業から適当にパソコンなどの機器をもらってきて作業ができるようにしました。

この会社は、最初のうちは特に急いでやることは何もありませんでしたので、前述のようにハムスターの飼育をしたり、学内の共同溝の地図を作ったりしていました。せっかく筑波大学関係者で作った会社なのだから、筑波大学の研究室などが外部に発注するようなソフトウェア開発の入札に応札して受注すれば良いのではないかという話が出ました。そこで本部棟の契約課に赴き入札方法を聞こうということになりましたが、大人の人への挨拶の仕方が分からなかったのでやめにしました。

真面目に会社をやり始めたのは翌年の 2005 年 7 月頃からで、筑波大学の中にある「産学リエゾン共同研究センター」のプロジェクトに応募して採択をいただいたのがきっかけです。これは 1 部屋をリエゾンセンター内で借りることができ、またリエゾンセンターが提供する、弁理士や税理士などの相談サービスを受けることができました。リエゾンセンターの部屋で SoftEther VPN (無償版) をもとに PacketiX VPN (製品版) を開発して、2005 年 12 月に発売しました。

当時は真面目にベンチャー企業をやろうと考えている学生や教員が何人もいて、リエゾンセンターに集まって夜通し議論などをして交流をしていました。たとえば、ロボットスーツの山海先生が CYBERDYNE 社を設立された初期は、リエゾンセンター 2F に部屋がありました。また、リエゾンセンター 3F のソフトイーサ社の隣にニューフォレスター社というベンチャーがありました。当時、山海先生の研究室、ソフトイーサ社、ニューフォレスター社の皆の共通の関心事項は、「どのようにして夜間施錠されているリエゾンセンターの自動ドアを外から鍵無しで開けるか」というところにありました (当時は特殊な工夫をすることで自動ドアを外側から上手く開けることができました。今はできないことになっています)。

また、ソフトイーサ社のほか数社のベンチャー企業は学内にある学術情報メディアセンターによく出入りするようになりました。ここは前述のようなファイアウォールや学内ネットワークシステムを管理している建物です。すでに取り壊されていますが、昔はこのセンターの 2F に謎の渡り廊下があり、隣の建物に繋がっていました。当時は、隣の建物の床を開けると、共同溝に入ることができました。そこを夜に探検して楽しむことにより、翌日のソフトウェア等の開発効率が著しく向上しました。

このように、難しいソフトウェアを開発するなどの知能労働を行う際には、筑波大学の環境は大変適していると思います。筑波大学にある色々な施設や設備は、些細ないたずらなどをするのに最適であり、そのようないたずらをすることを楽しむことにより、難しいソフトウェア開発に必要な脳の活性化が図れるという訳です。

 

(写真:情報学類ラウンジ・WORD 編集室 (当時))

 

(写真:筑波大学産学リエゾン共同研究センター (当時))

 

5. 筑波大学について
私は筑波大学を 2007 年 3 月に卒業しました。その後 4 月からそのまま大学院に入院しました。ここはなかなか退院させてくれそうにありません。また、ソフトイーサ株式会社は 2004 年から 10 年間存続しており、提供している製品・サービスのユーザー数は常に増加傾向にあります。現在はソフトイーサ社の業務を 80% くらいやっており、残りの 20% は大学へ行ってヘンないたずらをするなどに費やしています。このように 20% の時間を筑波大学で過ごすことは決して無駄ではありません。高度なソフトウェア内の構造を考えたり実装したりする作業は意識的に行うことが困難なタスクであり、どちらかというと無意識的に (コンピュータ・マニアの言葉で言うと、"バックグラウンド・タスク" により) 進行するものであると思います。そのようなタスクを処理するために筑波大学の環境は最適であると思います。

筑波大学は都内の一般的な大学と比較すると広大であり、また、周囲にはあまり充実した商業施設等が無い不便な環境にあります。しかし、筑波大学のこのような外界と適度に隔離された環境は、とても複雑な思考を必要とする研究開発には最適であると思います。

また、筑波大学の良さの 1 つとして、構成員が皆、適度にいい加減であるという点があります。学生も教員も事務職員も適度にいい加減であり、筑波大学以外の普通の場所に移動すれば直ちに絶滅してしまうようなヘンな生態系があると言っても過言ではないと思います。今後もこのような特殊でおかしな環境を維持していければと思います。

 

(写真:筑波大学のキャンパス (松美池付近))

 

6. 筑波大学基金について
筑波大学基金は、大学の校費と比べて柔軟に使途を決めることができるという性質があるかと存じます。是非、筑波大学からユニークな人材が出てくるような環境作りにご支援をいただければと思います。

 

【開発した製品・サービス】
●PacketiX VPN (http://www.softether.jp/1-product/11-vpn)
法人向け VPN ソフトウェア製品。5,300 社が導入。2007年10月に経済産業大臣表彰受賞 (経済産業省)。
●SoftEther VPN (http://www.softether.org/)
   PacketiX VPN のオープンソース版。筑波大学で開発。約 120,000 ユーザーが利用 (うち 70% が海外ユーザー)。
●Desktop VPN (http://www.desktopvpn.net)
リモートデスクトップ専用 VPN サービス。約 7,000 ユーザーが利用。
●VPN Gate (http://www.vpngate.net/)
外国政府の検閲用ファイアウォールを回避するための VPN サービス。1 日あたり約 40 万人 (うち約 95% が海外) が利用。
●HardEther (http://www.hardether.jp/)
ギガビット広域イーサネット専用線サービス。

 

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