石川 慎之助 様 【株式会社つくばFC代表取締役、NPO法人つくばフットボールクラブ代表】

2014.7.2
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プロフィール

名前:石川 慎之助(いしかわ しんのすけ)
株式会社つくばFC代表取締役、NPO法人つくばフットボールクラブ代表
1979年 1月 東京都墨田区出身
1997年 3月 私立暁星高等学校卒業
2001年 3月 筑波大学第三学群工学システム学類卒業
2003年 3月 筑波大学大学院システム情報工学研究科構造エネルギー工学専攻修士課程修了
2003年 9月 NPO法人つくばフットボールクラブ設立、理事長就任
2005年 3月 株式会社つくばFC設立、代表取締役就任
2013年11月 筑波大学大学院システム情報工学研究科社会システム・マネジメント専攻博士課程修了

◆筑波大学時代のこと
 「挑戦したものだけが失敗できる。失敗したものだけが成功できる。」
 これは、私が筑波大学工学システム学 類時代に訪れたアメリカのベンチャー企業の社長からいただいた言葉である。卒業研究でそのベンチャー企業が開発したICチップを使ったロボット製作を行っ ていた私は、指導教官にお誘いいただき、渡米するチャンスを得た。社長は私にそのICチップを販売するための日本法人作りを勧めてきたのだったが、丁重に お断りさせていただいた。当時はそんな大それた事をするなんて考えてもみなかった。
 筑波大学には、サッカーがしたいという思いだけで入学した。 身体能力にはあまり自信がなかったので、体育専門学群ではなく、工学システム学類を選択した。多くの強豪大学では推薦選手しかサッカー部に入れないが、筑 波大蹴球部(サッカー部)は、推薦でないばかりか、体育専門学群ですらない私の入部を許可してくれた。本当にありがたかった。
 蹴球部には、自分 たちのサッカー活動だけに注力するのではなく、地域にどんどん出て行くようにという教えがあった。練習がない土曜日の午後、地域の小学生に対してサッカー の指導を行う活動がその1つ。将来的に教育関係への進路も考えていたので、楽しみながら毎週指導させていただいた。大学卒業後の進路として、私は大学院進 学を選択した。サッカーを中心とした生活で大学生活を謳歌させていただいた結果、勉学に励んだとはとても言えない状態だった。蹴球部を引退し、きちんと勉 強しようと覚悟を決めて大学院に進学した、、、はずだった。

◆私がつくばFCを始めたきっかけ
 大学院進学直前の春休み、突然、蹴球部の部長室に呼び出された。「つくばFCという活動がある。これを 引き継いで担当してくれないか?」筑波大学のグラウンドで、地域の青少年に対してサッカーを指導する活動をつくばFCと呼んでいた。大学教授らによって進 められてきた活動で、当初はかなりの参加者がいた。しかし、各小学校単位での活動が活性化し、参加者が減ってしまっていた。
 想像もしていなかっ た役割だった。私が指導していた小学生が進学先の中学校でどんな様子だったかを思い出した。レギュラー選手だけが練習し、サブメンバーはボールを拾ってい た。霜の影響もあっただろう。でこぼこがたがたのグラウンドで練習をしていた。夜間照明はない。学校の先生は忙しく、練習終わりの時間にだけ顔を出してい た。私は、部長からいただいたチャンスを活用させていただくことにした。勉強するために大学院に進学したはずだったのに、またしてもサッカーの道に。本当 に理解のある教授にお世話になり、大学院での研究とつくばFCの活動を両立させていただいた。

◆つくばFCでの活動
 22歳そこそこの私に大金はなかったが、アルバイトして密かに貯めていた30万円で、移動と倉庫を兼ねたバンを一台 購入した。つくば市内にはサッカーができる夜間照明が付きグラウンドが無かったので、小・中学校の体育館を利用した。会員の方々からいただいたお金は後輩 たちに渡し、私はボランティアで関わった。この地域に望まれている活動は何か、私たちがすべきことは何か、どんなクラブにしていくべきか、真剣に考えた。 大変だったが、本当に楽しかった。大学院修士課程修了を迎える頃には200人を超す方々にご参加いただけるようになった。私は両親に、この活動を法人化し て仕事とする決意を伝えた。法人化後、初めてお金をいただくことにした。15万円だった。
 「全ての人が素晴らしい環境でスポーツを楽しめるよう にすること」をクラブ理念に掲げることとした。スポーツはエリートのためだけのものではない。初心者もエリートを目指す人もスポーツを楽しめるようにした いと考えた。例えばJリーグのクラブなどでは、中学生・高校生のカテゴリーへの参加はセレクションを行うのが一般的だが、私たちは行わない事を決意した。 子どもたちがサッカーしている姿を見て体を動かしたくなったお父さん・お母さん方が参加できる社会人クラスも発足した。夜間照明付きの芝生サッカー場が無 かったため、芝生グラウンド作りを要望する署名を集めた。すぐには実現されそうもなかったので「無いのなら 作ってしまおう グラウンド」という標語を掲 げ、土地を借り、選手とその家族、もちろんスタッフも集まり、手作業で一枚一枚芝生を貼ってグラウンドを整備した。
 蹴球部の先輩から、人工芝で 整備されたフットサル場の運営のチャンスをいただき、会社法人格を取得して運営させていただいた。そこで最新の人工芝の魅力に触れ、人工芝をクラブの商材 の1つにしたいと考えた。パートナー企業と共同で開発にこぎつけ、運よく筑波大学産学間連携推進室に助成していただくことができ、日本サッカー協会公認人 工芝としての認可をいただくことができた。ありがたく、本当に素晴らしい仕組みだと感じた。
 一緒に人生を賭けて働いてくれている筑波大学関係のスタッフも両手で数え切れない人数となってきた。この地域には優秀な仲間がいる事も、私たちにとって大きなアドバンテージとなっている。

◆筑波大学への思い
 昨秋、2013年11月に博士号を取得するまで筑波大学の学生だった。1997年入学なので、16年半。35歳の私にとって、これまでの人生の半分近くお世話になったことになる。こんなできの悪い学生でも見捨てない筑波大学。

 ああ、なんて素晴らしい!!
 そして、これからもお世話になりますが、どうぞよろしくお願いいたします。

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